スペシャルインタビュー Vol.3 玉岡かおる氏
スペシャルインタビュー Vol.3
玉岡かおる氏
人の心を潤し 創造力を刺激する アートの力 人の心を潤し 創造力を刺激する アートの力
PROFILE
玉岡かおる/作家、大阪芸術大学教授、阪急文化財団理事・名誉館長
1956年生まれ、兵庫県出身。神戸女学院大学卒業。1987年、神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビューした。2009年には『お家さん』(新潮社)が織田作之助賞を受賞し、舞台化・TVドラマ化。2022年には『帆神ー北前船を馳せた男・工楽松右衛門ー』(新潮社)が新田次郎文学賞と舟橋聖一賞を受賞した。精力的に作品を発表し続ける傍ら、行政の理事等を歴任。2020年・2021年と文部科学大臣表彰を受ける。
THEME
テーマ
大阪を拠点に活動を続ける作家であり、現在は地方独立行政法人大阪市博物館機構の理事も務める玉岡氏にインタビュー。玉岡氏が考えるミュージアムの魅力や役割から、作家ならではのアートへの探求心、自身の創作活動との関係、さらにはアートを軸に考える大阪の将来性まで話を聞きました。
01
日々の喧騒から一切離れ アートの世界にどっぷり浸る至福の時。 アートの世界に どっぷり浸る至福の時。
私はプライベートでもよく、ミュージアムを訪れます。一歩足を踏み入れると、そこは非日常。自分が抱えているしんどい思いやイライラなどは一旦すべて忘れて、ただただ洗練されたアートの世界に浸る、特別な時間を過ごしています。
そうして自分の属しているストレス満載の実社会から違う世界に入ることで、なんとなく自分の中の空気感が変わるというか。最近は皆さんよく“眼福”なんて言いますが、良いものを見た、目の保養になったという満足感を得て、ミュージアムに入る前と出る時とでリフレッシュしているのがよく分かります。すっかり心が洗われて、よしまた頑張ろう! という気持ちになれる。それに、社会教育というと難しく感じられそうですが、アートを通して何かを学んだとか、ちょっと賢くなったとか、一つステップを上ったような気持ちになれるのもミュージアムの魅力であり、大きな役目だと思います。
そこにまた、自分の好きな絵画、見たいと思っていた彫刻などが展示されていたら、もうたまらないですよね。この作品に会いに来たんだ! といったお目当てがある場合は、本当に心が躍ります。そういった作品が海外から日本にやって来ると聞けば絶対に見に行きたいので、何としてでもスケジュールを空けて(笑)。そこからすでに、非日常が始まっているようなもの。スケジュールを立てる段階からもう、アートへの旅に出発している感覚です。
以前はどうしても会いたくて、たった一点の絵画を見るためだけにドイツやオランダ、ベルリンまで行ったこともあるんですよ。そう考えると、最近は国内に素晴らしいミュージアムが増えて、貴重な作品が来日する機会も多く、有難いなと感じています。
02
絵画を通して画家の人生に思いを馳せ それが作品づくりへの原動力にもなる。 絵画を通して画家の人生に 思いを馳せそれが作品づくりへの 原動力にもなる。
私は子どもの頃から絵を見るのも描くのも好きで、小説家の前は絵描きになりたいと思っていたぐらい。だからアートの中でも特に絵画への興味が深いのですが、絵画を見る時には自然とその作品を描いた時の作者の心境や、人生そのものまで想いを巡らせてしまうんです。当時の時代背景から考えるとこの人の生活環境や暮らしぶりはどうだったのだろうと想像したり、だからこういう作品が生まれたのかと自分なりに納得したり。作品を通してまるで自分がその作者のもとへと降りていくような気持ちになれることも、私にとって絵画鑑賞の楽しさや面白さの一つとなっています。
中でも、不遇な時代を送りながら歴史に名を残した画家の人生は強く印象に残りますし、これからの未来をも示唆したり、ヒントを与えてくれたりするものだと思っていて。もちろん作品にも惹かれますが、それを描いた作者の生き方そのものに強く惹かれるところがあるんです。
そういうこともあって、私はこれまで画家やその関連人物が登場する物語を何作も執筆しています。例えば『天涯の船』には、大正初期~昭和初期にかけてヨーロッパで数多くの美術品を収集し、松方コレクションを築いたことで有名な松方幸次郎氏をモデルにした美術コレクターが登場。『ひこばえに咲く』の主人公である画家のケンは、昭和初期~平成初期に活躍した青森県の画家・常田健氏がモデルです。『花になるらん』には、明治時代に花開いた女性画家たちをモデルに、男性社会の中で女性だからと嫌がらせを受けながらも強く生きる女性画家が登場します。誰かの人生に感銘を受けると、書かずにはいられなくなるというか。そこから作品のアイデアや意欲が湧くことも少なくはないのです。
03
デジタル全盛の時代だからこそ リアルならではの感覚を大切に。 リアルならではの感覚を 大切に。
アートには人の心を動かす大きな力があります。そこで強く言いたいのは、皆さんぜひとも、実物を見てほしいということ。教育現場でも、子どもたちに教科書やデジタルデータを使って美術史を教える、有名な絵画を見せるより、実際に美術館に連れて行く機会を設けてほしいと感じています。本物の作品を前にしたとたん、ズドンと雷に打たれたような衝撃を受けた! という方っていますよね。それこそがアートの力であり、そういった生の感動体験を日常的に提供する場として、たくさんのミュージアムが在るのですから。
最近ではミュージアムも積極的にさまざまな工夫を凝らしていますが、私が特に面白いと感じたのが、今春リニューアルオープンした大阪市立東洋陶磁美術館。国宝の油滴天目茶碗にいたっては独立した展示ケースを導入。作品の周囲を360度回りながら、上下左右あらゆる角度から楽しめるようになりましたし、絶妙な照明具合で美しい模様も際立っています。また、実物と形がそっくりのレプリカ(コントローラー)を動かすと、モニターに投影される3DCGが同じように動いて、まるで実際に手に持って眺めているような画期的な体験もできるんですよ。
陶磁器にも色々ありますが、特にお茶碗はその見た目の重厚感から、どっしりと重たいもののように思われがち。でも、実際に持つと驚くほど軽かったり、凹凸やざらつきなど独特の手触りがあったりするものです。だから、今度はもっとそういった“見る”だけではなく“触れる”ことで分かる、感じる展示が増えることを期待しています。
04
芸術の都・大阪を目指して 今こそ新たなブランディングを。
一般的なイメージとは違い、実は大阪はたくさんの歴史的、文化的価値のあるものが残る街です。もちろん美術品もその一つ。かつて大阪には多くの豪商がいて、彼らは趣味として名品を買い集めていました。それらが今、大阪の各ミュージアムのコレクションとなっているのです。官公庁主体でコレクションが築かれた東京とは違い、大阪は目の肥えた旦那衆が選び集めた美術品が揃う街だったと。そして、それらを見て学ぶことで、数々のアーティストが育ちました。大阪は古くから、民間の力で素晴らしい文化を醸成してきたと言えるのです。
だから、大阪はもっと文化都市としても打ち出していくべき。例えば、ヨーロッパでは教会の前にパティオと呼ばれる広場があって、いつもそこに人が集まり、出店などもあって賑やかなんです。大阪のミュージアムも多くが広場を持っているので、同様の空間が作れないかなと。ミュージアムを核にして、絶えず人々が行き交うようになると素敵ですよね。
また、パリやベルリンでは「アートの日」といって、一つのパスで複数のミュージアムを巡ることができ、その周りにはたくさんの屋台も出店する、華やかなイベントを行っています。そういう“アートで楽しむ日”を、大阪でもできると良いなと思います。
一方、多くのミュージアムが比較的コンパクトな範囲にあり、豊富な水路・陸路で容易につながるのも大阪の利点。便利に移動しながら観光しつつアートに触れる体験が可能であり、ヴェネチアやパリのような、風景とアートがセットになった街づくりを目指せる環境なんです。すでにたくさんある点を、あとはどのように線でつなぎ、活かすのか。昔の大阪は物流の都でしたが、これから先は必ず芸術の都になれると信じて、大阪がより魅力的な街になることを願っています。